作家性と作家の人格についての雑記

雑記的なもの1『作家性』

ここ10年、ネットやSNSが発達したお陰で、作品の作家性を論じたり、中の人の方まで注目されるようになった。
そこに興味が向くこと自体はいいことだ。

ベストセラー作家以外の大多数は日陰の仕事なので、
自身の仕事にスポットが当たったり、関わった作品について第三者から論じられるのは、悪い気持ちはしないだろう。
何故なら見てくれている、認知してくれているということになるからだ。

で、ふと作家性って何なんだろうね、と思った。

認識が広まれば広まるほど作家性という言葉が一人歩きし、そんな作家性が感じられないものにも作家性と言われたりして。

まず、小説ならまだしも、ゲームはあまり作家性が出ない媒体です。
作家性があるとしたら、プロデューサーやディレクターの作家性であって、シナリオライターの作家性が出ることは稀です。

『シナリオは全てお任せします!』と、言われたのならば作家性が出るかも知れないが、出せるだけの作家性(個性的な特徴や思想)がなければ当然出せません。

これがこの人の作家性だ、と言われるシナリオライターって希有な存在で、5年に1人くらいしか出ないと思う。
もしくは10年に1人でもおかしくない。

そもそも論ではあるが、大体がそのような機会に恵まれずに消えてゆく。

それを踏まえて、作家から見た作家性と、一般人から見た作家性にだいぶ差があると感じる。
悪く言うと、変なことしてたら作家性と言われたり、技術上の欠陥があってもそれが作家性になったりだ。

また、狙って施策したことは作家性とは別物だと考えられる。
狙ってやったということは、そのタイトルによって変化が生じるからだ。それは作家性ではなく技術力だ。

周囲が思っているほど、作家性がある作家はいないという事実。
作家性=個性と考えれば分かりやすくなる。

私も作家性があるシナリオライターだと言われたいなあと思うが、まあなかなかに難しいし、それが売りではない気がしている。
ましてこれは自分で言うことではなく、他者からの評価ですからね。

ちなみにゲームシナリオライターとしては作家性よりも、概ね社会性や協調性が求められます。
わたくし、そんなに社会性がないのが個性です…なんて。

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雑記的なもの2『作家の人格』

上記のテーマと関連しているが、作家(ライター)自体はアイドルでも何でもないので、ただの人です。
(テレビや雑誌で特集されるクラスは別として)そこに注目しても、正直あんまりいいことはないと思います。

その大半が、まあー、普通のオッサンがシナリオを書いてるわけです。

なかなかに過酷な労働状況なので、運動不足でデブだったり、逆にストレスから食が細くなってガリだったりします。

これはバカにしているわけではなく、私自身もシナリオライターなのである意味で実体験です。
長年続けていると健康、もっと言えば体調不良と戦いながら書いている人も多いと思います。

社内勤務しているシナリオライターは、クリエイター職ではあるが一介のサラリーマンです。
稼げすぎて困るからフリーランスになって会社持つ、ってシナリオライターはほぼ聞いたことがありません。
シナリオは外注というイメージが強く、フリーランスにならざるを得ない方も多くいます。

そんな具合なので、作家の人格については大前提として「高尚なもの」だと思わない方がいいわけです。

はじめから、『こんな作品を書くんだから、すごい人なんだ!』というのは勘違いです。
そのギャップが生じてか、ネットで炎上してしまっている様子をたまに見かけると、大変だなあと他人事に思います。
(その場合、作家側が発端になっている場合も多いので複雑ですが…)

よく聞く(?)言葉ですが「人格者でなければいい作品は作れない」というのがあります。
でもこれ、誰が言ったんですかね?

他者とは違う角度で、他者とは違う表現をし、他者とは違う作品を作る。
だからこそ求められるものがある。だからこそ作家をやれている。

そして人格者であれ? と、私はここが繋がるようには思えません。

作家さんも1、2年で文学賞を取ってデビューする人もいれば、10年以上掛かってデビューする人もいます。
それこそ日常生活の軸が、物を書くこと中心になっているので、華やかな生活を営んでいる方も多くはいません。
しかもヒット作品を生むまで、金銭的余裕はありません。

増版が掛からず、2巻、3巻で打ち切りになる作家の数も非常に多く、多大なストレスとプレッシャー下にあります。
精神も身体もボロ雑巾状態になって執筆しているわけです。

これで分かるかと思いますが、世の中にいる多くの物書きが、
もしかしたら普通に働いて生計を立てている多くの人よりも、どうしようもないギャンブルみたいな生活を送っているバカである可能性が高いです。
私もシナリオだけで食べていけるようになるまで、様々な工夫と知恵が必要であり、数年という時間が掛かりました。

決して、別次元の凄い優秀な人間ではないのです。
才能以前に、何年も何年も文章を書く練習をしていたら、そりゃあ文章が巧くなるのは当然ですから。
ならなかったのなら、向いていません。

これら全てに同時に反証するならば、『物書きならば、自らが綴った文字に最後まで責任を持て』と言う具合になりますね。
その通りだと思います。いい仕事はしても、プロフェッショナルとしての心構えまで中々学べませんからね。
気を付けるしかないですね。



これ、実はずっと気になっていたことでしたので、思い切って書いてみました。

この記事で何かを問題提起をしているわけではなく、ただ思っていたことを吐露しただけに過ぎません。
そこは、よしなにお取りはからいを。





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Commented by りゅうび at 2016-08-28 19:44 x
面白い記事でした
作家性と言うのを論じると見る方は結局素人ですからずれてしまうんですね
私はそこは見る側が感じる部分だと思います
感性だけで好きな作品を並べて見るとその共通点の中に同一のシナリオライターであったりすればソコに何かを見いだせるものなのだと思います
まあ作品の感想とか表現するのは難しいですね
百聞は一見にしかずだから皆も見てみ? としか言えません
Commented by limpidelumiere at 2016-08-30 00:08
>りゅうびさん
コメントありがとうございます。
これは面白い指摘です。なるほどと思いました。
ある意味、受け取る側の精度を高めれば、いずれ作り手と同じ視点になるのかもしれません。
ただ作り手がそれを求めてはいけませんね。
また作品を論じる方が、その分野に精通している方ですと、作り手よりも的確に分析をする場合もありますしね。

いずれにせよ、あの記事では少しはぐらかしていましたが、作り手としては作家性を気にするより技術を鍛錬し続ける過程で、いずれ形作られるものだと思います。
by limpidelumiere | 2016-08-16 01:34 | diary | Trackback | Comments(2)

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